大阪高等裁判所 昭和60年(う)167号 判決 1985年6月21日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年二月に処する。
原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人平山忠作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する(弁護人田中恭一作成の控訴趣意書は陳述しなかつた)。
控訴趣意中、原判示第三の事実に対する事実誤認の主張について
論旨は、要するに、被告人が原判示第三の刀を自宅で所持したのは、昭和五九年九月七日ころから約一週間であつたのに、原判決が右所持の期間を昭和五九年九月七日ころから同年一一月二日ころまでと認定したのは、事実を誤認したものである、というのである。
そこで、記録を調査するのに、被告人及び原審弁護人は、原審でこの点について何ら争わず、原判決は公訴事実どおりの認定をしているのであり、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は、昭和五九年九月七日夜友人の後藤慶太方を訪れた際、同人から原判示の刀を手に入れて自宅に持ち帰り、同日以降これを自宅二階自室のソファのクッションのなかに隠匿所持していたことが認められ、右関係証拠のうち所持の終期(同年一一月二日ころ)についての証拠と考えられる司法警察員(大阪府天満警察署巡査部長川原充)作成の昭和五九年一一月二日付捜査報告書(「小刀一振の領置経過について」と題する書面)には、同日、川原が「鷲尾昌廣の供述に基づき、被疑者の自宅東大阪市若江北町三丁目二番三四号に赴き、自宅に居た被疑者の実父鷲尾長太郎に対し鷲尾の供述内容を告げ、二階の被疑者の部屋に置いてあるソファのクッションを確認してもらつたところ、鷲尾の供述どおりクッションの内から白鞘の小刀一振が出てきたので、右長太郎から任意提出を受けて領置した」旨の記載があり、原審で取調べた証拠中には、右記載に沿う鷲尾長太郎作成の任意提出書と川原充作成の領置調書が存在し、原判決挙示の被告人の検察官、司法警察員に対する各供述調書中には、所持の終期が同年一一月二日ころである旨の供述記載がある。
しかしながら、当審で取調べた証人鷲尾長太郎、同川原充の各証言によれば、川原充は、天満警察署捜査一課四係の司法警察員で、本件の捜査を担当した者であるが、昭和五九年一〇月二六日、被告人から事情聴取をした結果、「自宅二階のソファのクッションのなかに刀を隠していたが、一〇月一〇日ころ岡澤一弥に預けた」旨の供述を得、その際、被告人から「おれで勘忍してくれたら、刀のある所をいう。岡澤には義理があるので、わしで止めてくれ」との申出を受けたことがあつたが、即日右岡澤宅に赴き、同人の母から倉庫内にあつた右刀の任意提出を受けて天満警察署に持ち帰り、同年一一月二日、この刀を持つて被告人方に赴き、二階ソファのクッションの存在と形状を確認したうえ、前示長太郎に対し、被告人が右クッションのなかに刀を隠していたと供述している旨を告げて、任意提出書の作成提出を求め、その書類作成の趣旨を理解しない同人をして同日付で刀一振の任意提出書を作成させるとともに、これに対する領置調書を作成し、あたかも同日右刀が被告人方で発見され、任意提出されたかのような外形を作り出し、これに合わせて前示内容の捜査報告書を作成したことが認められるのであり、右報告書及び領置調書は、川原が故意に事実を曲げて作成した虚偽の内容のものであるといわざるをえない。そして、被告人の当審公判廷における供述によれば、被告人は、前示のとおり後藤慶太から本件刀を手に入れ、以後自宅に隠匿所持していたところ、昭和五九年九月末ころになつて同人からその返還を求められたので、右刀を持つて友人岡澤一弥の運転する自動車に同乗し後藤の寄宿先を訪ねたが、同人に会えず、その際右刀を自動車内に置き忘れたため、その後は岡澤がその自宅において保管していたことが認められるのであり、被告人の司法警察員(同年一一月二日付)、検察官(同年一一月七日付)に対する各供述調書及び原審公判廷における供述中、右の認定に反する部分は信用することができない。
右のとおり、被告人が本件刀を自宅で所持していた期間は、昭和五九年九月七日ころから同月末日ころまでと認められるから、所持の期間を昭和五九年九月七日ころから同年一一月二日ころまでと認定した原判決には、事実の誤認があり、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであつて、論旨はその限度において理由があるところ、原判決は右第三の事実とその余の各判示事実とを併合罪として一個の刑を科しているから、その全部について破棄を免れない。
しかして、原判決が右の事実誤認に陥つた原因が前示川原充作成の捜査報告書と領置調書、鷲尾長太郎作成の任意提出書を信用したことに存するのは、記録に照らして明らかであるが、当審の事実調べの結果、右の捜査報告書と領置調書は、川原が故意に虚偽の内容を記載して作成したものと判明したのである。いうまでもなく、捜査は公訴の提起・遂行の準備として、事案の真相を明らかにするため、関係法令等を厳守して行われるべきものであり、いささかでもこれに反する場合には国家の刑罰権の発動を誤らせる危険を招くことは、およそ捜査の任にあたる司法警察職員が当然に認識しているはずにかかわらず、仮に前示のような被告人の申出があつたにしても、司法警察員が重要な証拠資料である捜査報告書及び領置調書に故意に虚偽の記載をして検察官に送致し、原審検察官にこれを被告人の有罪立証の用に供させたことは、捜査官による虚偽公文書の作成・行使という犯罪行為によつて被告人の虚構の犯罪事実を立証しようとしたものというほかなく、自ら捜査機関の公正、さらにはその作成する書類の信用性を毀損するにとどまらず、まさに刑事裁判存立の基礎を脅かすものと評して過言でなく、本件の場合、幸い当審において原判決の誤りを是正することができたものの、極めて遺憾なこととしなければならない。警察当局はもとより、検察当局においても、かかる事態を直視し、相応の措置が講じられるべきことを、当裁判所は刑事訴訟法二三九条二項の趣旨に基づきとくに付言するものである。
よつて、その余の控訴趣意(量刑不当の主張)について判断するまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに判決する。
(罪となるべき事実)
原判示第三の事実中、「昭和五九年九月七日ころから同年一一月二日ころまでの間」とあるのを、「昭和五九年九月七日ころから同月末日ころまでの間」と改めるほかは、すべて原判決と同一であるから、これを引用する。
(証拠の標目)
原判決が判示第三の事実につき挙示する各証拠のうち、
「司法警察員作成の昭和五九年一一月二日付捜査報告書」を削除し、
「被告人の検察官(昭和五九年一一月七日付)及び司法警察員(同月二日付)に対する各供述調書」の末尾に「(ただし、いずれも所持の終期に関する部分を除く)」を挿入し、
「判示全事実につき、被告人の当公判廷における供述」とあるのを、「判示第一、第二事実につき、原審第一回及び第二回各公判調書中の被告人の供述部分」と訂正し、
原判示第三の事実についての証拠として、新たに、
一、当審証人鷲尾長太郎、同川原充の当公判廷における各供述
一、被告人の当公判廷における供述を加えるほかは、原判決と同一であるから、これを引用する。
(累犯前科)
原判決と同一であるから、これを引用する。
(法令の適用)
原判決挙示の各法条を適用して、量刑について考えるのに、被告人には原判示の累犯前科があり、覚せい剤との親和性が認められるほか、本件各犯行の動機、態様、当時の生活態度などに照らすと、犯情は軽視できないが、現在では暴力団を離脱し、同居の親が今後の監督を誓つていること、反省状況などの情状をも併せ考慮して、被告人を懲役一年二月に処するのを相当とし、刑法二一条により原審の未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、当審の訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。
よつて、主文のとおり判決する。
(兒島武雄 谷村允裕 中川隆司)